3月

神戸市灘観光
2010年3月31日


今回は日本三大酒処、兵庫県「灘」、京都府「伏見」、広島県「西条」の「灘香」と呼ばれてる独特の香りと、「甘・辛・ピン」といわれるすっきりとした後味が特徴の灘方面の観光名所を訪れました。

12:30車で阪神自動車道経由して魚崎ランプ下車

魚崎郷にあり、立派な門が目印。原酒とともにカニ料理が楽しめるレストランや、ショップ、展示スペースなどがある複合施設だ。水をテーマにしたディスプレイをはじめ、50年以上前の古酒なども展示している櫻正宗記念館「櫻宴」を見学。

魚崎郷にあり、国の有形民俗文化財に指定されている灘の酒造用具566点のほか、昭和初期の酒造りの映像、昔の美人画ポスターや看板なども見ることができる。記念館限定のお酒や、オリジナルグッズも販売する菊正宗酒造記念館を見学。

六甲アイランド方面に向かう。

六甲ライナーで陸とつながる、近未来的な人工島。島の中心部・アイランドセンター駅付近に、大型ファッションビルやショッピングモールが立ち並ぶ。カネディアン・アカデミーなどの外国人学校やインポートマーケットも多く、国際的な神戸の中でも特にインターナショナルなエリアの六甲アイランドを訪れる。

神戸ファッションプラザ内にある、公立では日本初のファッションをテーマにした美術館。18世紀から現在までの多彩な衣装を所蔵している。ライブラリーには、写真集やビデオなどが充実し、閲覧することができる。ファッションをより身近に感じてほしいというコンセプトで、さまざまな展覧会が催される神戸ファッション美術館を訪れる。残念ながら水曜日は休館でした。

美しく清楚な女性像で知られる、神戸生まれの洋画家・小磯良平氏の作品を所蔵する美術館。約2500点もの作品の中から、常時約50~150点を入れ替えながら展示している。復元された氏のアトリエもある神戸市立小磯記念美術館を見学。

灘方面に戻る。

朝日新聞の創設者、村山龍平氏のコレクションを展示する美術館。絵画や書跡、仏像など東洋美術が中心で、重要文化財に指定された逸品も収蔵。茶道具の収集にも目を見張るものがある香雪美術館を見学。

白鶴酒造の7代目、嘉納治兵衛氏が設立した私立美術館。大伽藍を思わせる豪壮な館内に、国宝2件と重要文化財22件を含む、日本と中国の古美術品1300点を収蔵している。なかでも、殷・西周の青銅器や漢~明時代の陶磁器、奈良時代の経巻、鎌倉~江戸時代の絵画などは見もの。新館には中近東の絨毯コレクションの中から常時約40点が展示されている白鶴美術館を見学。

老舗酒造メーカーのひとつ、白鶴酒造の伝統を紹介、御影郷にあり、大正初期に建てられた本店1号蔵を利用した資料館。昔の酒造りの様子を、蔵人姿の人形を用いてわかりやすく再現している。しぼりたての原酒を味わえる利き酒コーナーもある白鶴酒造資料館を見学。

江戸中期、宝暦元年(1751)創業の清酒「福寿」の醸造元。山田錦や五百万石など地元兵庫県産の米と天与の名水「宮水」を使い、頑なに手造りを守っている神戸酒心館を見学。

全国的な酒造地として知られる灘にあるこうべ甲南武庫の郷では、酒粕で漬け込む甲南漬の製造工程の紹介をするほか、販売店や食事処も揃うこうべ甲南武庫の郷を見学。

「灘の酒」の酒造地として全国的に知られる灘五郷。西郷にあり、「灘の酒造り」の歴史を伝える為、昔の酒造りの工程などを紹介。兵庫県重要有形民俗文化財の酒造道具を展示している沢の鶴資料館を見学。

下1階・地上4階建て、西日本最大の美術館。ガラス張りと御影石の美しい建物は、安藤忠雄氏の設計によるものだ。8つの常設展示室では、小磯良平や横尾忠則など合わせて約8000点の収蔵品を順次公開。国内外の貴重な美術品を取り上げる兵庫県立美術館「芸術の館」を見学。

阪神淡路大震災の経験と教訓を後世に継承し、国内外の災害による被害の軽減に貢献する施設。「1.17シアター」では、特撮とCGで地震の瞬間を再現。地震のすさまじさを知ることができる人と防災未来センターを見学。

ポートピア方面に向かう。

三宮駅とポートライナーでつながる海上都市。1981年(昭和56)、日本初の人工島として誕生した。UCCコーヒー博物館や神戸市立青少年科学館、神戸花鳥園などのスポットはファミリーに人気。ホテルやアパレル関係のビルが多く、食事処も充実しているポートアイランドを訪れる。

科学のおもしろさを体験しながら学べる、テーマパーク型の科学館。情報・環境・生命・創造性など展示室は6つのテーマに分かれ、月面ジャンプ・ハンググライダーなどのアトラクションもある。ドーム型デジタル映像システム使用のプラネタリウムは、約2万5000個の星を投映。臨場感あふれる映像が楽しめる神戸市立青少年科学館を見学。

日本で唯一のコーヒーに関する博物館。館内は6つの展示室に分かれていて、コーヒーの起源や栽培方法、流通や加工からコーヒー文化に至るまでを分かりやすく解説するUCCコーヒー博物館を見学。

17:00終了。

今回は日本三大酒処、兵庫県「灘」に足を運び、多くの点在する酒蔵と美術館を訪れました。
さすが高級住宅街の多い神戸、高尚な美術館、酒蔵が目白押しに点在してますね。






飛行機で国内&海外の観光地巡り第九十一弾:香川県高松&東讃観光
2010年3月27ー28日


四国の北東部、瀬戸大橋により本州と結ばれた日本で一番小さな県、さぬきうどん、こんぴら参り、小豆島を始めとする瀬戸内の島々など、さまざまな魅力がある香川県に足を運び、香川県の県庁所在地、政治、文化、経済の中心地であり、香川県随一の都会、栗林公園や高松城など歴史的観光名所の多い高松、瀬戸内海に臨み、自然条件がよく、海や山のレジャーが盛んで、風の港引田の古い町並みの東讃を訪れました。

12:30車で阪神第二神明淡路高松自動車道経由して
14:30引田インター下車

中世から瀬戸内海を往来する船の風待ちの港と呼ばれる古い町並みの引田を散策する。

ホワイトタイガーと猛獣ショーの開催が人気の動物園、約50種類150頭の多くを触ることが出来る白鳥どうぶつ園を訪れる。

自然に親しみながら、オールシーズン楽しめるレジャーランドです。多彩なイベントが行われ、賑わいが絶えることがありません。園内には野球場、サッカー場、テニスコート、キャンプ場、ログハウス、バーベキューハウス、ちびっこランド、アスレチック、等々、スポーツ&レジャーの施設がいっぱいです。花木園では250種、1万6千株の花木が四季折々の花を咲かせますみろく自然公園 を散策する。

門入湖の周囲に公園と石の砦のような椿の城が点在するダムと温泉と山の中にある芸術的な建築物という、奇妙な取合わせにまずは驚く門入の郷を訪れる。

大串半島に広がるレジャーゾーン。テニスコート、ワインを試飲できるさぬきワイナリー、グリーンヒル大串、オートキャンプ場などが揃う大串自然公園を散策する。

江戸中期に本草学者、戯作者として活躍した平賀源内は志度の出身。館内には江戸の人々を驚かしたエレキテル(摩擦起電機)をはじめ、源内焼の陶器、絵画、戯作、遺品などを展示。 別館では薬草園、銅像、旧邸などが見られる平賀源内記念館を見学。

高松方面に向かう。

高松駅付近のホテル到達後市街地を散策して食事を済ませてから床に就く。

6:30高松市内を散策する。

桃山~江戸時代に生駒家4代、松平家11代の藩主が居城とした高松城(玉藻城)跡に整備された公園。三方の堀に海水を引き入れ、城の守りと水運を兼ねた全国でも珍しい水城。往時の面影を伝える着見櫓、艮櫓は重要文化財。海水の導入口や内苑御庭、披雲閣、松平家ゆかりの品を展示した陳列館もある玉藻公園を散策する。

車で巡る。

紫雲山東麓にある国指定特別名勝の庭園。約75万平方mの広大な園内は、池泉回遊式大名庭園の南庭と近代的に改修された北庭に分かれている。南庭は讃岐領主・生駒家が築庭に着手。以降、初代高松藩主の松平頼重に引き継がれた。松平家5代、100年余の歳月を費やして完成。紫雲山を背景に6つの池と13の築山で構成されており、松をはじめとする各種樹木や石組みを巧みに配し、四季折々に風情ある表情を見せる栗林公園を散策する。

四国各地の民家33棟を移築復元した屋外博物館。農村歌舞伎舞台、こうぞ蒸し小屋、砂糖しめ小屋など四国を特色づける建物が立ち並ぶ。四国村ギャラリーでは、ルノワールなどの西洋絵画、彫刻、仏像など幅広い美術品が鑑賞できる四国村を散策。

8世紀に唐僧・鑑真が創建したと伝わる、四国霊場第84番札所。朱塗りの本堂と本尊の十一面千手観音坐像は、国の重要文化財に指定されている。宝物館には源平合戦の絵巻や屏風絵などを展示する屋島寺を訪れる。

全国でも珍しい山上に立つ水族館。瀬戸内海はもちろん、世界の魚とイルカ、アシカなどを飼育。人魚のモデルといわれるマナティーや不思議なプールを泳ぐゼニガタアザラシもいる新屋島水族館を見学。

『平家物語』の17の名場面をリアルな蝋人形約300体で再現。1階の四国の偉人たちコーナーには坂本龍馬、正岡子規、大平正芳、水原茂など各界の著名人たちの人形40体が並ぶ高松平家物語歴史館を見学。

歴史博物館と美術館、2つの機能を合わせもつミュージアム。香川の歴史を資料や映像、実物大に復元された建物などで紹介する歴史展示室がある。またイサム・ノグチ、猪熊弦一郎、平山郁夫、小林萬吾など香川県ゆかりの作家の作品を中心とした彫刻、日本画、洋画などを所蔵し、これらの作品を活かした展示を行っている香川県立ミュージアムを見学。

イサム・ノグチ、岡本太郎、横尾忠則など戦後日本の現代美術と、香川の漆芸・工芸を中心にコレクション。香川出身の人間国宝・磯井如真、音丸耕堂の漆工芸作品も収蔵している高松市美術館を見学。

高松市に生まれ、『父帰る』などの作品で知られる菊池寛の記念館。自筆原稿や愛用品などのほか、東京・雑司ケ谷の書斎を復元展示している。菊池寛が創設した、芥川賞・直木賞の歴代受賞者を紹介するコーナーも見逃せない菊池寛記念館を見学。

菊池寛記念館と同じビルの4階にあり、高松市に関する歴史・民俗資料約4万点を収蔵。大名が参勤交代に使った御座船・飛龍丸の5分の1スケール模型、レプリカなどを常設展示している高松市歴史資料館を見学。

塩業で栄えた、坂出市の塩作りに関する資料や道具を展示。往時の入浜式塩田をパノラマで再現。ビデオやパネルで製塩作業の手順、製塩技術の歴史などを紹介している坂出市塩業資料館を見学。

壁面に金色のハーフミラーを使った高さ158mの展望タワー。地上127mの展望室からは瀬戸大橋や瀬戸内海の大パノラマが広がり、子どもが安心して遊べるプレイパーク、わんわんランド、ボウリング、カラオケ、ビリヤード・デジタルダーツなどアミューズメント施設もあるプレイパーク ゴールドタワーを訪れる。

瀬戸大橋の開通を記念し、橋のたもとに整備された公園。入口から瀬戸大橋記念館まで、噴水で瀬戸大橋の吊橋や斜張橋を表現したプロムナードが続き、芝生広場や池、滝なども設けられている瀬戸大橋記念公園を散策する。

瀬戸大橋記念公園内にある展望タワー。100人乗りの展望室が、回転しながら地上108mまで上昇。360度の眺望が楽しめる瀬戸大橋タワーを訪れる。

瀬戸大橋記念公園内にあり、着想から100年を要した瀬戸大橋の全貌を映像や模型で紹介する瀬戸大橋記念館を見学。

瀬戸大橋が結ぶ5つの島の中で唯一パーキングエリアがあって、一般車やバスで降りられる。第1駐車場の与島プラザ2階には瀬戸大橋架橋展示ホールがあり、近くの展望広場から瀬戸大橋の雄姿を眺められる。第2駐車場前には、瀬戸大橋フィッシャーマンズ・ワーフがある与島を訪れる。

17:00終了、帰路に向かう。

瀬戸大橋山陽中国阪神自動車道経由して
21:00大阪到達。

今回の旅行、四国の瀬戸内に面した香川県に足を運びました。

四国の瀬戸内に面した多くの港はクルーザーで何回も訪れ、海からの地理は詳しいですが、陸から山麓にかけてのエリアはまだまだ知らないところが多く、今回は車で大きな有名な名所ではないが穴場的観光名所をくまなく巡り、高松から東の東讃エリアを制覇しました。

次回は香川県の中讃から西讃方面を攻めてみたいと思います。











大阪府堺&大阪市南部郊外史跡巡り
2010年3月24日


今回は近場の近畿地方の中部、大阪府の中南部に位置し、2006年4月に日本で15番目、近畿地方では4番目に政令指定都市に移行し、大阪府で人口・面積が第二の都市、平安時代、この地が摂津・河内・和泉の3国の境に位置しているところから「さかい」と呼ばれるようになりました堺の駅周辺と大阪市南部郊外の帝塚山、長居周辺の史跡巡りしました。

12:30車で阪神自動車道経由して堺インター下車
13:00堺駅付近到達。

通称・蘇鉄寺として有名。境内には樹齢1000年といわれる高さ8mのソテツがあり、天然記念物に指定されている。織田信長が安土城に移したが、「堺へ返りたい」と蘇鉄が泣き、元へ戻されたという伝説が残る。堺事件で土佐藩士11人が切腹した場所でもある妙國寺(蘇鉄之寺)を訪れる。

近代を代表する女流歌人・与謝野晶子は1878年(明治11)、堺の老舗菓子屋の駿河屋に三女として誕生。23年間過ごした家は今はなく、「海恋し潮の遠鳴り数えつつ少女となりし父母の家」と刻まれた歌碑が建てられている与謝野晶子生家跡を訪れる。

1877年(明治10)に造られた六角形の木造洋式灯台。現地に残る同種のものでは国内最古といわれる。船が安全に航海できるようにと市民の寄付により、堺の大工・大眉佐太郎が建築。1972年(昭和47)には国の史跡に指定された旧堺燈台を訪れる。

長居方面に向かう。

長居公園の約3分の1を締める自然の楽園には、四季を通じていろいろな花が咲き、約1000種もの植物が茂る。また生きた化石といわれるメタセコイヤやセコイヤなどの代表種によって、古代の樹林を再現している長居公園を散策する。

長居公園内にある博物館。植物・動物・昆虫の標本や化石類を中心に、約1万点を展示している。恐竜やナウマンゾウの実物大のレプリカもあり、ジオラマなどで分かりやすく説明。楽しく学べる施設になっている大阪市立自然史博物館を見学。

長居公園の約3分の1を占める自然の楽園には、四季を通じていろいろな花が咲き、約1000種もの樹木が茂る。生きた化石といわれるメタセコイヤやセコイヤなどの代表種によって、古代の樹林を再現している大阪市立長居植物園を散策する。

帝塚山方面に向かう。

明治時代から大正期の公文書や行政刊行物、江戸時代の古文書など約14万点を所蔵。貸出しはできないが、2階の閲覧室で自由に資料を見ることができる。毎年秋に行われるアーカイブス・フェアでは、展示や講座を開催。大阪の歴史を学べる大阪府公文書館を見学。

周囲約700mの池。聖徳太子が曼陀羅経を唱えて池に住む龍を退治したという古事が、その名の由来という。池の中には3つの小島が浮かび、趣のある橋が架かっている。池をとり囲むように公園として整備されており、春には桜が咲き誇る万代池を訪れる。

すぐ隣まで民家が迫っている、町中の高台にある4世紀末~5世紀初頭の前方後円墳。付近に大伴氏の館があった記録から、大伴金村の墓といわれている。市内で唯一原形を保つ前方後円墳で、国の史跡に指定されている帝塚山古墳を訪れる。

17:00終了。

今回は近場の大阪市南部郊外に位置する帝塚山周辺、長居周辺と堺市の駅周辺の史跡巡りし再確認できました。

天候が悪く、雨で肌寒い中、9つの名所巡りし、何回かに分けての大阪の観光名所巡り、かなり細部にわたって訪れることが出来ました。
次回は大阪の東方面を攻めてみたいと思います。




飛行機で国内&海外の観光地巡り第九十弾:沖縄県渡名喜島&久米島観光
2010年3月20ー22日


那覇市の北西約60km、久米島・慶良間諸島・粟国島のほぼ中間に位置する有人島の渡名喜島と無人島の入砂島の2島からなり、面積は3.74km²で沖縄県最小、且つ日本で二番目に小さい自治体であり、フクギに囲まれ、赤レンガの昔ながらの沖縄の家が保存された集落全体は、国の重要伝統的建造物群保存地域に指定されている渡名喜島、東シナ海に浮かぶ自然の恵み豊かな島には湧き水があり、かつては米の島と呼ばれるほど稲作が盛ん、現在その澄んだ湧き水を利用して泡盛が造られ、又近年は、海洋深層水を利用した商品や、タラソテラピーなども登場し、ウェルネスの島として注目されている久米島に足を運びました。

20日14:30神戸空港出発
16:40那覇空港到達、ゆいレールで県庁前下車、国際通りを散策、食事を済ませてから近くのホテルで床に就く。

21日7:30出発、歩いて泊港に向かう。
8:30フェリーで泊港出発
10:45渡名喜港到達、電気自動車で島巡り

ちゅらさんのオープニングで使われた島。渡名喜島の直ぐ近くにあり、各所からみることができる。今は米軍の砲弾の練習に使われ、立ち入ることはできない。というより危険。ちゅらさんのオープニングでは、空撮した映像が流れ、周辺の碧い環礁がとてもきれいだった入砂島を望む。

集落の北に位置し、クサティ森の役割を担う里には「里殿」「ヌル殿内」の拝殿などがあり、島内随一の拝所となっています。昭和53年の発掘調査の結果、この地は14世紀から15世紀頃のグスク時代の遺跡だということが判明しました里遺跡を訪れる。

島には遠浅できれいな浜が集落を囲むように点在しています。なかでも島の東側に位置する延長約700mの美しい遠浅の浜で、子どもたちの日常の海水浴の場となっています。伝統的な水上運動会もここで開催されます。干潮時には歩いて枝サンゴなどを見ることができるあがり浜を散策する。

フクギ群の正確な樹齢は不明であるが、村民の伝承によれば、少なくとも200年は越えるものと推測される。樹高約14メートル、樹高周囲1.7メートルとして合わせて9本の大小木からなる。
平成元年(1989年)このフクギ郡から6本の取り木がおこなわれ、渡名喜小学校(878番地)に創立百周年記念木として植栽されている200年フクギ群を訪れる。

海岸の崖下に石を積み上げて築いた通路、あがり浜からアンジェーラ浜に向かう途中のウーシに旧道としてその一部が残っています。かつて人々は農作業に出かけたりする際、断崖が海に迫っている所では満潮時になると重い荷物を背負って険しい山の坂道を越さねばなりませんでした。そこで人々は、ブー(賦役、夫役・公役)を出して通路を造りました。かつての交通史を考える上でも貴重な遺産のアマンジャキを訪れる。

御嶽は海寄りの小高い丘陵の突端部に位置し、現集落からは遥かに遠く、不便な場所ながら、ユブクノーから嶽起し遥拝がなされている。その下のカーシリと称される砂礫の推積地は、干ばつ時に島の神人たちによる雨乞い行事が行われる唯一の場であり、御嶽を囲むように二つの侵食川が隣接し海に注いでいるカーシリのヌーチュヌーガ御嶽を訪れる。

港を南に行くと、カルストチックな壮大な屏風岩のある崖山の景観が続く。シュンザより、見劣りはしないでもないが、こちらのほうが手軽に見える西部のカルストの山を訪れる。

南部の道路から行くことになるけど、上り坂もきついが景色もすばらしい。入砂島の他、慶良間諸島の島々が見渡せる大岳展望台を訪れる。

また、向かいのエーシジ小岩島には、海での遭難者が葬られていたとされ、海神を祀る聖地が、かつては岩上に生えた大アコウ樹の元にあった神の宿る岩イェーンシジを訪れる。

渡名喜島ではカツオ漁の盛況に伴い明治25年に初めて貫木屋の赤瓦葺が建てられて以降、大正の中期までには村内の約9割が貫木屋赤瓦葺となり、現在見る美しい集落景観が形成されました。平成12年には国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、伝統的家屋の保存修復事業が始まりました。翌13年9月の台風16号により多くの伝統的家屋が甚大な被害を受けましたが、国の迅速な災害復旧事業により美しい集落景観が継承されています集落を散策する。

上門家はのこ島の初代村長を勤めた家柄。 建築年代は不詳。建物は本瓦葺きで、建用材料はチャーギ(イヌマキ)が主。屋敷は内側と外側ともに西と南面を海の珊瑚石灰岩を切り出して造った、高さ1.5メートルほどの上仕上げの石垣で築いている。屋敷林はフク木やクロ木。また、主屋を中心に南東側に前の屋(倉)、北東側にフール(石造の豚舎)を配し、昔の裕福だった面影を伝えている旧家上門家(ウィジョーヤー)を見学。

毎年来襲する台風を防ぐため、できるだけ掘り下げた土地に屋敷を建てたため、独特の形状となっています。大雨が降っても、地下10メートル以上も白砂であるため、浸水する事はまれですぐ干上がります。そのように環境から昔の人の知恵が忍ばれる集落の道路より低い屋敷を見学。

門を入ると正面にソーンジャキがある。ソーンジャキは道路から家まの内部が見えないように、また、悪風よけのために造られるもので、古くはチニブ作り(網代)、テーブルサンゴの石積みである家並みを確認する。

集落は軽自動車がやっと1台通れるくらいの細い道。その道は白砂でとてもきれい。この道小学生が”早起き会”で朝6:30に集まって掃除をしてくれている白砂の道を確認する。

村道1号線は、集落内の道。もちろん白砂。高さ1mくらいのスタンドライトが数メートルおきにおかれ、夜は道がライトアップされる。ライトアップはとてもきれいな村道1号線のライトアップを確認する。

18:00民宿到達、食事を済ませてから床に就く。

22日7:00起床、朝食を済ませてから集落の家並みを歩いて再度巡る。

11:00フェリーで渡名喜港出発、久米島に向かう。
12:30久米島兼城港到達、レンタカーで島巡り。

きめ細かな真っ白い砂が、2kmにもおよぶロングビーチをつくりだす。海底の砂は沖合いまで続き、波は穏やかで美しいイーフビーチを訪れる。

島の東に位置する離島、奥武島の南側にある奇石群で直径1m~2mの五角形・六角形の平滑な石が畳のように敷く詰められた様から畳石と呼ばれています。この石群は溶岩が冷え固まるときに冷却面に対して垂直に割れ目が走ってできる柱状節理で、これだけ広がりのある場所は全国的に珍しいとされています畳石を訪れ

奥武島「畳石」のすぐ近くにある、ウミガメの保護を目的とした施設。絶滅の危機にあるウミガメ類の現状をパネルや映像でわかりやすく説明しています。大水槽ではゆったりと泳ぐウミガメの姿を見ることができ、アカウミガメ、アオウミガメ、タイマイのかわいらしい子ガメ達の水槽もあります久米島ウミガメ館を見学。

深みのある色合いと伝統の絣模様が美しい久米島紬。日本の紬絣技法は久米島を起点に発達したといわれており、国の重要無形文化財にも指定されています。「久米島紬の里ユイマール館」は久米島紬の共同作業所で、ほぼすべての工程を見学することができます。併設の「展示資料館」では久米島紬の歴史や工程の説明、植物染料の紹介、作品の展示を見ることができ、また久米島紬を使った小物やネクタイなどの販売もおこなっています久米島紬ユイマール館を見学。


島の北東部海岸を高さ約200mの断崖(方言:バンタ)から見下ろす景色はエメラルドグリーンの海と海岸線が美しく、はての浜や遠方の粟国島、渡名喜島、慶良間諸島が一望できます比屋定バンタを訪れる。

沖縄で最も高い位置(標高309m)にあるとされる城跡で、城壁は安山岩の野面積みによって築かれています。城内からは中国製陶磁器が出土や外洋大型船に使用された思われる碇石が発見され、外国との交易が盛んだったことがうかがえます。
また、島で最も高い山頂ですので、島の大半以上、そして隣の島々や晴れた日には沖縄本島が眺望でき雄大なパノラマを堪能することができます宇江城城跡を訪れる。


海に面した石灰岩の丘陵地に立地し、東側の正門跡以外は高さ30m以上の断崖になっています。15世紀後期に築かれたとされ、城壁は石灰岩又は安山岩を混ぜた積み方に特徴があります。ここから青磁・中国古銭・陶器類が出土しており、外国との交易が盛んだったことがうかがえます具志川城跡を訪れる。

石灰岩と凝灰角礫岩からなる岩が寄添い、浸食や風化によって造形された方言で穴開きを意する奇岩です。岩の割れ目が女性の象徴として例えられ子宝に恵まれない女性が拝むと、ご利益がある?と言われるようです。海岸は地元で磯釣りのポイントとして親しまれておりますミーフガーを訪れる。

人気のない寂しい農道で不思議な現象に出会います。お化けが出る?坂の途中で車を止めギアをニュートラルにしてブレーキを放してみると勾配に反して車が動き出します。実は国内に数本しかない目の錯覚を起す道路なんですおばけ坂を通過する。

古くからこの地にリュウキュウマツが植えられていたとされ現在のものは1839年に二代目として植え換えられたとの記録があります。通常の松は成長につれ上に伸びますが、幹周り約4.3mに対し高さが約6mしかなく、枝ぶりは特に見事で根元から太い枝が石を枕に地表を這い、その面積は約250㎡にも及びます。美しさと風格を称えられ琉歌にも詠われています五枝の松を見学。

間切り(役所)の地頭代を代々勤めた士族の家で、現在の建物は1754年に建築された木造平屋建です。屋敷は石垣と福木林に囲まれ、琉球王国時代の風水思想に基づいた民家の屋敷構えを今も残しています。また立派な石垣であることから「石垣殿地」と呼ばれる由縁でもあります上江洲家を見学。

沖縄県を代表する県指定天然記念物のクメジマボタルと島に棲む小さなホタルたち、ホタルを生かす島の生きものたちを、ミニ水族館やミニ昆虫館のような展示で紹介しています。島の生きものがおかれている現状を写真や資料で訴え、ホタル館の設立目的のひとつである保護・保全活動の要となっている久米島ホタル会の活動報告も展示されています久米島ホタル館を訪れる。残念ながら休館でした。


15:00久米島空港到達。
15:45久米島空港出発
16:20那覇空港到達、食事を済ませてから
19:40那覇空港出発
21:30神戸空港到達。

今回の旅行、今の冬、3回目の訪れである沖縄の2つの離島に足を運び、初めての訪れである小さくて静かな島、フクギに囲まれ、赤レンガの昔ながらの沖縄の家が保存された集落全体は、国の重要伝統的建造物群保存地域に指定されている渡名喜島をゴーカート気分の一人乗りの電気自動車で3周してくまなく島の観光名所を巡りました。

一方2回目の訪れである本島周辺離島でもっとも大きな島、久米島を訪れ、アクセス便の都合で3時間しか滞在できませんでしたが、島を一周する道路沿いに観光名所が密集しており、過去の記憶を取り戻しながらレンタカーで島を巡りました。

2泊3日の沖縄の2つの離島の旅、今まで訪れた離島の大半はあまり整備されてなく素朴な感じでしたが、さすが人気のある沖縄の近場の離島、道路も広く舗装され、観光しやすいように案内板もしっかりして整備され、観光しやすい2つの離島巡りでした。

沖縄の離島、訪れていない有人の離島は鳩間島、水納島、津堅島の3島になりました。
もうすぐ制覇です。頑張ります。















和歌山県海南東観光
2010年3月17日


和歌山県海南の東、高野山の麓に点在する観光名所を訪れました。

12:30車で阪神近畿阪和自動車道経由して海南東インター下車
海南東方面に向かう。

海抜430mの松ケ峯の山頂に位置するこの天文台は、公開施設では世界屈指の口径105cmのカセグレン式反射望遠鏡があり宇宙の神秘をより身近に感じられる場所です。施設研究員が案内する星空ツアー(展望会)や施設見学でお楽しめる星の動物園みさと天文台を訪れる。

恐竜のすべてがわかる施設。視る、聴く、嗅ぐ、触れる、考えるの五つの力を使って、恐竜と恐竜の時代や恐竜が滅んで行くまでを、体感学習できるように工夫が凝らしてある花園恐竜館を見学。

迷路のような洞窟を探検できる。一歩足を踏み入れたら、まるで日常からタイムトリップしたよう。夏でも12゜Cくらい、ひんやり感がたまらない。太古の昔住んでいた恐竜が突然あらわれるのもユニーク、また極楽と地獄へ続く2つの道。霊界の不思議体験ができる洞窟ラビリンス恐竜ランド極楽洞を訪れる。

清水町の名所、海にではなく、陸地に浮かぶ美しい島。春には田植えの緑、秋には収穫の稔りの黄金色、そして冬には雪の白銀色と、四季おりおりに美しい変化を見せる蘭島を訪れる。

関西百名山生石ヶ峰(870M)を中心にススキのじゅうたんをしきつめた高原、360度の眺望と四季おりおりの草花に彩られ、特に秋のススキは有名。ハイキングやキャンプなどの絶好のレクリェーション地として、地元はもとより関西一円から訪れる人も多い生石高原を散策する。

17:00終了。

今回の近場の観光、和歌山県海南の東、高野山の麓に点在する観光名所を訪れました。

秘境と言える様な位置に世界屈指の口径105cmのカセグレン式反射望遠鏡があり宇宙の神秘をより身近に感じられる天文台有り

視る、聴く、嗅ぐ、触れる、考えるの五つの力を使って、恐竜と恐竜の時代や恐竜が滅んで行くまでを、体感学習できる恐竜館有り

銅を採掘していた小原鉱山の坑道跡のレジャーランドの洞窟有り

紀泉の山並から遠く淡路島を望むパノラマが開け、ススキが埋め尽くす高原有り

扇形に広がる美しい千枚田有り

なかなか盛りたくさん、意外性のある和歌山郊外観光でした。




福井県今庄365スキー・スノボ
2010年3月14日


関西から車で2時間ほどでアクセスできるスキー場で、ゲレンデトップからは、日本海はもとより、晴れた日は白山連峰や琵琶湖まで見渡せる眺めの良さが自慢、ゲレンデはコンパクトだが、海に面して広がるコースをはじめ、緩急に富んだ構成で楽しめる今庄365スキー場に足を運びました。

7:00大阪駅集合出発、車で阪神名神北陸自動車道経由して敦賀インター下車
9:45今庄365スキー場到達、準備して
10:00から滑走
11:30昼食
12:30滑走
14:00終了
14:30ゲレンデ内の温泉に浸かる。
15:30帰路、途中高速サービスエリアで食事を済ませて
19:00大阪駅到達、解散。

今シーズン最後の雪山イベント、近場の日帰りスキー場、福井県今庄365スキー場に足を運び午前と午後2回前面滑走して終了いたしました。

今シーズン5回の雪山イベント、運よく、すべてが天候に恵まれはれ、快適な滑走を楽しむことが出来ました。又すべてが初めての訪れのスキー場で、9箇所増え、いままでおとずれたスキー場は計110箇所になりました。

来年も新たなスキー場をチャレンジしていきたいと思います。



兵庫県小野&加古川史跡巡り
2010年3月13日


今回は兵庫県の東播磨のそろばんの生産が有名で三木市と共に金物でも定評があり、播州鎌は兵庫県の伝統的工芸品に指定されている小野市、織物の街として栄えた加古川市の社寺を訪れました。

12:30車で近畿名神中国自動車道経由して滝野社インター下車
13:45小野市到達

日本の中心点を示す東経135度北緯35度交点石碑が立つ、JR加古川線と加古川に挟まれた公園。石碑の書は、終戦時に首相を務めた鈴木貫太郎によるもの。園内には、にしわき経緯度地球科学館や宇宙っ子ランドもある日本へそ公園を散策する。

磯崎新の設計による、円柱にアーチ型屋根をのせたギリシア神殿風の建物が目を引く美術館。西脇市出身の美術家・横尾忠則の作品を収蔵。半年ごとに企画展を開催。瞑想のためのメディテーションルームもある西脇市岡之山美術館を見学。

北条町の羅漢寺境内にある。境内入口に仁王像石仏が立ち、その奥に並ぶ。素朴な造りだが、一体一体が表情豊か。ややエキゾチックな顔立ちをしていることから帰化人をモデルにしているともいわれるが、作者も造立の意図もわかっていない。制作年代も不明だが、江戸時代以前と推測されている五百羅漢石仏を訪れる。

46haの敷地内に設けられた散策コース沿いに、30万本のチューリップの大花壇、大温室、バラ園、花菖蒲園などが点在。大温室では、モウセンゴケ科やウツボカズラ科など珍しい食虫植物も観察できる兵庫県立フラワーセンターを散策する。

平家による兵火で焼失した東大寺を再建するため、1190年から8年の歳月をかけて荘園の再開発と信仰の拠点として重源上人によって建立された寺。国宝、重文級の文化財が数多く残され、なかでも大仏様(天竺様)の代表的建築といわれる浄土堂(国宝)と、その内部に安置された阿弥陀三尊像(国宝)は必見。鎌倉時代の名仏師快慶作と伝わる三尊像が雲座に立ち、背面の透かし蔀戸を通して射す西日を背景に、西方にあるという極楽浄土からの阿弥陀の来迎を表現している浄土寺を訪れる。

姫路の書寫山圓教寺とともに、播磨屈指の西国観音霊場として知られる第26番札所。御詠歌に「春は花(桜) 夏は橘 秋は菊 いつも妙なる法の華山」と歌われる花の名所だ。石段の道を登ると平安末期に造られた三重塔(国宝)が優美な姿を見せる。本堂とその後方にある妙見堂、弁天堂、護法堂はいずれも重要文化財の一乗寺を訪れる。

聖徳太子創建の寺と伝わる。718年(養老2)に七堂伽藍が整い、太子信仰が高まった鎌倉・室町の全盛期には300カ坊を数えた。鶴林寺公園の緑に囲まれた境内に立ち並ぶ国宝の本堂、太子堂、重要文化財の常行堂、鐘楼・行者堂、護摩堂は平安~室町期に造られたもの。宝物館には白鳳時代の聖観音立像(重要文化財)など数々の寺宝を展示する鶴林寺を訪れる。

17:00終了。

今回の社寺巡り、兵庫県の東播磨エリアの三木、小野、加西、加古川の広い範囲わたっての歴史的建造物巡り、なかなか立派なお寺が点在し満足のできる社寺巡りでした。




奈良県春日大社&奈良町史跡巡り
2010年3月10日


歴史遺産と緑豊かな自然景観が継続して残っている大和路の奈良公園周辺の春日山の麓に華麗なる宝物を伝える森の社、春日大社、昔ながらの町並みが残る奈良町を訪れました。

12:30車で阪奈自動車道経由して
13:00奈良公園到達

春日大社の表参道入口に立つ典型的な春日鳥居。創建は836年(承和3)と伝え、江戸時代に再建された。右手奥の「影向ノ松」は春日大明神が万歳楽を舞った所といわれ、おん祭の芸能も奉納される一の鳥居[春日大社]を通過する。

768年(神護景雲2年)、平城京の守護の為創建されたのが始まり。平安時代前期には現規模の社殿が整った。皇室の尊崇も篤かったが、庶民の信仰も集め、多くの灯籠が奉納された。本殿や古神宝類が国宝に、若宮神社、南門など多くの社殿と神宝が重要文化財に指定。社殿は式年造替といって、20年ごとに造り替えられてきた春日大社を訪れる。

春日大社にあり、『万葉集』に詠まれた植物300種を栽培、季節に応じてゆかしい花が咲く。1万平方mの園内には回遊式庭園や20種200本が咲く藤の園もある。浮舞台では5月5日と11月3日に萬葉雅楽会開催する春日大社神苑 萬葉植物園をおとずれる。

主に平安時代から鎌倉時代にかけて春日大社へ奉納された神宝を展示する。鎧や大刀などの武具、祭具、能楽面、調度品などを優れた美術工芸品が多く、国宝や重要文化財も多数含む宝物殿[春日大社]を見学。

春日大社の檜皮葺きの中門と御廊に囲まれて、一間社春日造の4棟が東西に立ち並ぶ。それぞれに祭神の武甕槌命、経津主命、天児屋根命、比売神を祭る。現在の本殿は1863年(文久3)の造替で建てられたもので、その後の造替は国宝指定のため大修理にとどめられている本殿[春日大社]を訪れる。

春日大社南門前の100mほど南、石灯籠が密集する御間道の奥に社殿が佇む。師走に春日若宮おん祭が営まれることで知られる、春日大社の摂社。本社の祭神天児屋根命の御子神、天押雲根命を祭ることから若宮と呼ばれる。本殿は本社と同じ大きさの一間社春日造で、江戸時代の建築。神楽殿(重要文化財)は桃山時代の再建だが、平安朝寝殿造の形式を伝えている若宮神社を訪れる。

747年(天平19)、聖武天皇の病気平癒を祈願して光明皇后が建立したと伝わる。すっきりした美しさを見せる天平建築の本堂(国宝)は、床が瓦敷。内陣には白漆喰で円形の須弥壇を設け、本尊木造薬師如来坐像(国宝)を安置する。本尊を守護する塑造十二神将立像(国宝)は天平時代の作(1体は昭和の補作)。憤怒の形相がすさまじく、躍動感にあふれる新薬師寺を訪れる。

大和路を撮り続けた写真家、入江泰吉の8万点に及ぶ作品を収蔵。その写真を中心に展示し、企画展も催している。ハイビジョンギャラリーもあり、大和路の美を再発見できる。入江泰吉愛用の機材も展示する入江泰吉記念奈良市写真美術館を見学。

奈良公園内の鷺池に浮かぶ檜皮葺きの六角堂。1916年(大正5)に建てられ、1994年に建て替えられた。夜間はライトアップされ、周辺の桜やサルスベリも美しい浮見堂を訪れる。

志賀直哉は1929年(昭和4)から9年間ここで暮らし、大作『暗夜行路』を完結させた。白壁に囲まれた屋敷は、数寄屋造を基調としながら洋風を取り入れたサンルームや食堂が特徴的。当時、高畑に住んでいた白樺派の文人や画家がここに集い、高畑サロンと呼ばれた。登録有形文化財の志賀直哉旧居を訪れる。

土と石を積み上げた特異な塔。奈良時代に東大寺の実忠が造ったと伝わり、近年、高さ10m、7段のピラミッド状に復元された頭塔を訪れる。

元興福寺坊官・福智院家の居宅。1924年(大正13)から春鹿醸造元、今西家の所有となった。室町時代書院造の貴重な遺構。重要文化財に指定されている今西家書院を訪れる。

吉備真備の子、朝野魚養が元正天皇の旧殿を拝領して開いたと伝えられ、中世以降は地蔵信仰の場として知られた。鎌倉時代に礼堂として建てられた雅な本堂(国宝)の奥にある石仏龕[(重要文化財)は、わが国の石造美術の中でも珍しいもの。本尊地蔵菩薩の左右に釈迦如来と弥勒菩薩、扉石などにも多くの仏像が彫刻されている十輪院を訪れる。

奈良町の伝統的な町家を再現した建物。家の敷地の幅で税金が決まったことから、間口が狭く奥行きが深い構造になったという。収納スペースと階段が一緒になった箱階段や明かり採りなど、生活の知恵がいたる所にみられるならまち格子の家を訪れる。

奈良町に息づく庚申信仰の中心である小さなお堂。内陣には青面金剛立像(庚申)を祀る。庚申信仰は中国の道教に由来し、庚申の日には、寝ている間に体内から三尸[さんし]の虫が抜け出して天帝にその人の悪行を報告するという。家の軒にぶら下がっている身代わり申は、天帝に悪行を知られたとき自分の代わりに天帝の怒りを受けてくれるお守りの庚申堂を訪れる。

奈良町で使用されていた江戸時代の看板や、古くから伝わる生活用品を展示。何が売られているのか一目でわかる、大根やそろばん型の絵看板がおもしろい。また、店内には日本最大という直径1.7mの大皿が並べられている。庚申信仰の身代わり猿も販売する奈良町資料館を見学。

日本最古の寺・飛鳥寺が、平城遷都に伴い奈良に移されたのが元興寺。南都七大寺の一つとして隆盛したが、都が京都に移ると徐々に衰退。室町時代には火災で伽藍の大半を焼失した。現在残る寺は僧坊の遺構(史跡)。極楽堂・禅室(ともに国宝)は、天平時代の僧房の平面を伝える貴重な遺構だ。屋根瓦の一部は古代の丸瓦を使用(行基葺き)。飛鳥から運ばれた瓦など、建物には古材も含まれる。収蔵庫では天平時代の五重小塔(国宝)や聖徳太子坐像、智光曼荼羅、阿弥陀如来坐像(以上重要文化財)など、中世庶民信仰資料(重要有形民俗文化財)を展示。この寺の歴史と信仰がうかがえる元興寺を訪れる。

興福寺に伝わった寺宝の数々を収蔵。白鳳時代の仏頭(国宝)は、平安末に東金堂本尊として飛鳥山田寺から移してきたものといわれる。天平時代のものでは、凛々しい少年のような阿修羅像をはじめとする乾漆造八部衆立像(国宝)や十大弟子立像(国宝)が有名。鎌倉復興期の木彫仏は写実的で力強く、ユーモラスな天燈鬼・龍燈鬼立像(国宝)などがある国宝館を見学。

聖武天皇が堂塔を建立したと伝わる。鎌倉時代の優美な楼門(国宝)を旧街道に面して構え、境内の中心に鎌倉時代の十三重石塔(重要文化財)が立つ。コスモスでも名高い般若寺を訪れる。

なだらかな丸い丘を3つ重ねたような形から、三笠山とも呼ばれる。全山芝生に覆われて気持ちよく、奈良盆地の眺望もいい。山頂に鶯塚古墳(史跡)がある若草山(三笠山)を訪れる。

志貴皇子の山荘跡を寺にしたと伝えられ、鎌倉時代に叡尊が再興した。宝蔵には閻魔王坐像(重要文化財)がどっしりと鎮座。眼光鋭く、口をカッと開いて迫力満点。眷属の司命・司録像(重要文化財)とともに鎌倉時代の康円一派の作。境内からの眺望もよく、参道の石段は秋、萩に覆われる白毫寺を訪れる。

17:00終了。

今回は奈良公園周辺の史跡巡り第二弾、奈良公園南エリア、春日山の麓に華麗なる宝物を伝える森の社春日大社、昔ながらの町並みが残る奈良町を訪れました。

奈良は多くの世界遺産の社寺の宝庫、今に伝わる華麗な仏像や古建築は、まさに名残、国宝の5分の一は奈良県に有るといえば、その価値がわかる大和路の歴史建造物巡りでした。












飛行機で国内&海外の観光地巡り第八十九弾:広島県瀬戸内芸予諸島観光
2010年3月6ー7日


今回は多くの島が点在する瀬戸内海西部、広島県と愛媛県の間に位置する諸島大小数百の島からなり、そのうち有人島は約50島、それらの島に合計18万人強が住んでいるが、ほぼ全ての島で過疎化、高齢化が進行している。主な産業は造船、観光、柑橘類栽培である芸予諸島の20の島を車とフェリーで巡りました。

6日13:09新大阪駅新幹線のぞみで出発、福山でこだまに乗り換え
15:09三原駅到達、観光

1567年(永禄10)毛利元就の三男・小早川隆景が築いた平城の遺構。本丸をはじめ32の隅櫓、14の城門を築き、海に向かって開かれた船入と街道の入口に寺を配して、町全体が城郭兼軍港の機能を備えていた。現在は本丸跡をJR山陽本線が貫き石垣と堀が往時の名残をとどめる。満潮時、海に浮かぶように見えたため浮城とも呼ばれた三原城跡を散策する。

レンタカーで三原市南部にある筆影山一帯は、瀬戸内海国立公園に指定された景勝地。山頂から瀬戸内海が一望でき、春は桜の名所としても有名だ。その南西に位置する竜王山からも、瀬戸内の雄大な景色が楽しめる筆影山、竜王山の展望台を訪れたがあいにく霧がかかり眺望できませんでした。

尾道方面に向かう。

瀬戸内海に浮かぶ面積2.45km²、周囲約8kmの島で、全域が尾道市に属する。日本一のワケギの産地として知られる。尾道水道を挟んで尾道市街の南側、御幸瀬戸を挟んで向島の西側に位置し、向島とは向島大橋で結ばれている岩子島を一周する。

三原に戻り駅の近くのホテル到達後、市街地を散策して食事を済ませて床に就く。

7日6:00レンタカーで出発
6:30三原港カーフェリーで佐木島に向かう。

芸予諸島の島の一つで、ワケギ日本一の生産量を誇る町であり離島では珍しく漁業ではなく、ワケギ、メロン、トマトなど農業が主産業で戸数464戸・人口1033人の小さな島の佐木島を一周する。

カーフェリーで因島に向かう。

土生港到達、高速艇で4つの島、生名島、弓削島、佐島、岩城島を訪れる。

土生港に戻り高速自動車道で西條に向かう。

12:00西條到達。

西条駅前の東西に延びる、旧山陽道沿い約1kmの通り。白壁やなまこ壁の酒蔵と赤レンガの煙突が織りなす景観が美しい。現在でも酒造りを続ける8軒の蔵元がある酒蔵通りを散策する。

大名や幕府要人などが宿泊に利用した広島藩領内9カ所のなかでも最大規模の御茶屋(本陣)。明治維新後は賀茂郡役所(後に賀茂地方事務所)となり、芸南地方の文化の中心地となった。現在は賀茂鶴酒造の敷地内にある御茶屋跡(本陣跡)を訪れる。

瀬戸内海芸予諸島に向かう。

以前訪れた下蒲刈島、上蒲刈島を通過して広島県呉市にある瀬戸内海の島で、美しい景観と数多くの観光スポット、伝統のある壮麗なお祭り、ひじきなど瀬戸内ならではの美味しい特産品などに恵まれた秘境の豊島を通過。

瀬戸内海のほぼ中央に位置し、大崎上島とともに全国屈指の温州ミカンの産地。山の斜面には石垣を積んだ段々畑が続き、堀には全国でも珍しい農業用の船が浮かぶ。特に東端の御手洗地区は、江戸時代から昭和初期まで瀬戸内航路の宿泊港として栄え、往時のままの美しい町並みを残している大崎下島を訪れる。

国の重要伝統的建造物群保存地区。江戸中期の町屋から昭和初期の洋館まで多様な建造物が残り、なまこ壁の美しい商人の屋敷や千本格子のある町屋、路地など、そのノスタルジックな町並みが往時を偲ばせる。若胡子屋[わかえびすや]跡は、最盛期には100人もの遊女を抱えていたと伝えられる茶屋の跡。地区の南端には江戸時代に築かれた石造りの大波止があり、住吉神社の太鼓橋のたもとには高さ6.18mの高灯籠が立つ御手洗の町並みを散策する。

小長港からフェリーで大崎上島に向かう。

大崎上島は以前クルーザーで訪れたことがあり橋でつながっている長島を訪れてから大西港でカーフェリーに乗り安芸津に向かう。

安芸津港到達後近くの広島県、安芸津町の南西部架橋で結ばれている農業が盛んで、主にミカンやビワが生産されている人口192人の大芝島を訪れる。

18:00三原に向かう。
19:00三原到達、食事を済ませてから
19:49新幹線こだまで出発、福山でひかりに乗り換え
21:25新大阪到達。

今回の旅行、広島県瀬戸内海に多くの島が点在する芸予諸島の20の島をを車とフェリーで訪れました。
瀬戸内海の島々は車とフェリー、クルーザーでいままでかなりの数をおとずれ、まだ足を運んでない島は残り少なくなりました。もう直ぐ制覇できそうです。頑張ります。

瀬戸内の島々は有名な観光名所は少ないですが離島に訪れた開放感、のどかさ、自然いっぱいの離島巡り、なかなか本土と違った楽しいものがあります。








滋賀県守山&草津史跡巡り
2010年3月3日


近畿の水瓶日本一のびわ湖を中心に抱く滋賀県に足を運び、湖沿いのリゾート施設、巨匠作品の豊富な佐川美術館が位置する守山、旧東海道の宿場町、花と緑の鳥丸半島のある草津を訪れました。

12:30車で近畿名神自動車道経由して栗東インター下車
13:50守山到達

日本画家の平山郁夫、彫刻家の佐藤忠良、陶芸家の樂吉左衛門の作品を中心に収蔵・展示。館内には情報コーナーをはじめ、平山氏のシルクロード取材時の資料を公開するコーナー、水庭を眺めながら休憩ができるカフェもある佐川美術館を見学。

三方を豊かな琵琶湖の自然に囲まれた植物園。四季を彩る珍しい草花やハンギングバスケットが美しく、他では見られない様々な水生植物もある。中でもスイレンの種類は日本最多。温室では、冬でも熱帯スイレンや熱帯花木が鑑賞できる草津市立水生植物公園みずの森を散策する。

「人と湖」をテーマに、琵琶湖の生い立ち・人と生き物との関わりについて楽しみながら学べる体験型の博物館。古代の湖周辺の様子を再現した原寸大ジオラマ、かつて湖上交通の主役だった丸小船、昭和30年代の移築した民家のほか、ビワコオオナマズをはじめ琵琶湖にすむ様々な生き物、世界の代表的な淡水魚が見られる日本最大級の淡水水族展示などがある滋賀県立琵琶湖博物館を見学。

聖徳太子の開基と伝えられる天台宗の古刹。石垣と堀で囲まれた城郭のような外観は、中世から近世にかけて湖上交通の管理(船奉行)に携わった寺勢を物語る。境内には檜皮葺きで禅宗様式の阿弥陀堂(重要文化財)や、江戸初期に移築された書院(重要文化財)がある芦浦観音寺を訪れる。

旧草津川トンネルの南側脇にある石造りの道標。旧東海道と旧中山道との分岐・合流点にあたり、街道を往来する諸国の飛脚仲間らの寄進によって1816年(文化13)に設置された追分道標を訪れる。

草津宿にあった本陣のひとつ、田中七左衛門本陣(史跡)を公開。公家や大名などの宿泊所として1635年(寛永12)に開設された。268.5畳の広さに部屋が30室余あり、大名が休んだ座敷や湯殿などを修復展示している草津宿本陣を見学。

草津の歴史が、コンピューターゲームや草津宿を再現した模型でわかる。道中合羽や脚はんなどの旅装束を着て駕籠に乗ることができる体験コーナーもある草津宿街道交流館を見学。

17:00終了。

今回の近場の観光巡り、滋賀県の江戸時代には東海道五十三次の52番目の宿場町として栄え、現在でも草津宿本陣や追分道標、石灯籠などが残り、往時の雰囲気を今に伝え、植物公園や博物館がある鳥丸半島も見所の草津。

湖沿いのリゾート施設、巨匠作品の豊富な佐川美術館が位置する守山。

自然有り、美術館博物館有り、江戸時代の宿場町有り、十分楽しめました。