飛行機で国内&海外の観光地巡り第百八十弾:香川県諸島本島&さぬき広島観光
2012年2月18日ー19日
  

香川県の離島、塩飽諸島に足を運び、塩飽水軍の本拠地として栄えた本島、塩飽諸島のほぼ中央部に位置するさぬき広島、塩飽の歴史ロマンを伝える名所が多いこれらの離島を訪れました。

18日12:30車で出発、近畿中国山陽瀬戸自動車道経由して
15:20丸亀港到達
15:30カーフェリーで本島に向かう。
16:05本島港到達、車で巡る。

丸亀の沖に浮かぶ塩飽諸島の中心、雄大な自然に囲まれた周囲16kmのこの島には、
古い町並みや数多くの文化遺産が残されています。それは遠い昔、塩飽水軍とともに繁栄した本島の証であり、海にひたむきに生きた塩飽の男達の足跡なのです。その本島を観光する。

丸亀の夏は本島から始まります。旧暦の6月1日、本島泊地区にあり、夏の虫を追い払い、
その年の豊作と無病息災を祈願する「虫送り」が行われます。この行事は、虫送り祈願の百万遍ともいえる、ご覧の大数珠送りから始まり、念仏を唱えながら、8畳敷きほどの大きな数珠をグルグルと回していきます。途中、自分の手元に回ってきた大きな珠を額に当てるようにして拝むことで、今年一年の無病息災を祈願しているのです。その木烏神社を訪れる。

織田、豊臣、徳川時代と300年にわたって塩飽諸島の西部を取り仕切っていた、今は国の史跡に指定されており、ここには咸臨丸の遺品や、信長、秀吉、家康からの朱印状など、当時の貴重な資料が展示されています塩飽勤番所を訪れる。


時が止まったようにたたずむ路地。ここは、国の伝統的建造物群保存地区の選定を受けているです。漆喰塗りの白壁やなまこ壁、千本格子の窓をあしらった町並みは、実にどっしりとしたたたずまいを演出しています笠島集落を訪れる

島の人たちから「山寺さん」と呼ばれ、親しまれている。ここでは毎年7月に、修験者達による大護摩供養が行われています。真言宗醍醐派の大本山であるここ正覚院は、弘法大師と並ぶ讃岐五大師の一人「理源大師」誕生の地と言われています。その境内で繰り広げられる夏祭りの光景は、まさに真言密教の世界そのもの・・・。不動真言を唱える修験者たちの声は、打ち振られる錫杖やほら貝の響きと混じり合い、見る人を神秘の世界へと誘い込みます正覚院を訪れる

16:52本島港客船で出発、牛島に向かう。
16:58牛島港到達、写真撮影。

丸亀市の北7.7km,塩飽諸島中4番目に小さな島。 里浦と小浦の2集落があり、ノリ、ワカメを中心とした養殖漁業と、瀬戸内の温暖な気候を利用した温州ミカンの栽培が主要産業となっている。江戸時代には「内海の海上王」といわれた丸尾五左衛門の廻船の本拠地となっていた牛島を訪れる。

17:00本島に客船で戻る
17:10本島客船で出発
17:40丸亀港到達、車で坂出に向かう。
18:10坂出のホテル到達、周辺を散策しさぬきうどんを食べてからホテルに戻り就寝。

19日7:00車で丸亀港に向かう。
7:20丸亀港到達
7:40丸亀港客船で出発
8:01さぬき広島江の浦港到達、散策する。

丸亀港からフェリーで40分、瀬戸内海に浮かぶ、その名の通り、塩飽諸島最大の島です。
豊かな自然と美しい海に囲まれたこの島には現在294世帯、569人が暮らしています。最大の産業は石。青木石で知られる花崗岩の採掘は、島の発展に大きく関わってきましたさぬき広島を訪れる。

ここ広島町では、1月9日、5月9日、9月9日の3日間を山の神の日とし、石の採掘を休み、
地元の人達は、山の神様に感謝の気持ちを捧げています。その山の神様を祭っているといわれる神社。毎年、年の初めの山の神の日である1月9日に、ここで百々手祭りが開かれています。この日は早朝から地元の人達が境内に集まり、祭りの準備をはじめていました山の神神社を訪れる。

慶応2年(1866年)、瀬戸内海を調査中の英国測量船セルビア号の船上で病死した英国士官レキの墓。島の人たちの手のよって守られてきた。明治29年(1896)にセルビア号が再び広島に寄港、船長から島の人たちに感謝状が送られたという。広島中学校近くの川のほとりにあるレキの墓を訪れる。

ヤシの木に囲まれた南国ムードの海水浴場。旧暦8月15日、「月見の宴」が開かれる。潮騒をバックにお月見を楽しむ江ノ浦海水浴場を訪れる。

標高312m。瀬戸内の多島美を楽しめる。ハイキングに最適の王頭山を望む。

11:32江の浦港客船で出発、小手島、手島方面に向かう。

11:55小手島到達。写真撮影。

丸亀市の北15kmの海上に浮かぶ塩飽諸島の中でもっとも小さい島。備讃瀬戸海域の中心的漁場の近くにあり、タコ・カニ・イカナゴ漁がとくに盛んである。若い漁業後継者も多い。豊かな自然環境と瀬戸内の活魚料理は逸品。また、高台からの瀬戸内海前面の景色が非常に美しい小手島を訪れる。

12:05手島到達。写真撮影。

丸亀港の北21kmの海上に位置する。平家の落人が住みついて集落ができたと伝えられている。本島と同じく人名)の島だった。瀬戸内の温暖な気候を利用した農業が主体である。かつてタイ網漁で賑わった豊かな漁場があり、市内外からやってくる釣り客に親しまれている。また、手島供養踊り、新霊踊り、やっとこせ踊りなど芸能・民俗も豊富の手島を訪れる。

12:10さぬき広島に戻る。
12:43さぬき広島到達
12:45フェリーでさぬき広島出発
13:30丸亀港到達、車で岐路に向かう。

今回の旅行、香川県の塩飽諸島に足を運び、塩飽水軍の本拠地として栄えた本島、塩飽諸島のほぼ中心に位置するもっとも大きいさぬき広島、その他牛島、小手島、手島を訪れ日ごろの雑踏の中からのがれ、田舎の素朴な雰囲気に癒されリフレッシュできました。

本島とさぬき広島はクルーザーで訪れたことがありますが寄港しただけで、観光は今回初めてでした。

素朴な離島の癒し観光旅行リフレッシュできました。

 








飛行機で国内&海外の観光地巡り第百七十九弾:鹿児島県与論島観光
2012年2月11日ー12日
  

鹿児島県の離島、全島が発達したリーフに囲まれている鹿児島県の最南端の島、ビーチの美しさには定評があり、シュノーケリングやダイビングなどの各種マリンスポーツが盛んな与論島を訪れました。

11日9:15伊丹空港出発
11:30那覇空港到達
12:45那覇空港出発
13:20与論空港到達、レンタカーで観光

ヨロンマラソンのスタート地点でもありゴール地点でもある場所。ミコノス通りの白い壁が特徴です。この壁も一番上を見るとヨロンマラソンの歴代勝者の名前とタイムが刻まれています。またその近くには「王者の椅子」と呼ばれるマラソン勝者のみが座れる椅子がありますが、大会当日以外ならいつでも座れます(笑)。またこの通り近くに茶花海岸があり、その砂浜内にある舞台はまさにヨロンマラソンのための場所のようなもので、完走パーティが毎回ここで行われてランナー達がここで踊りますヨロンマラソンのスタート地点ゴール地点を訪れる。

茶花市街とプリシアや空港方面を結ぶ海岸線の道路沿いにある。コースタルリゾートの向かいあたり。他にもいくつかオブジェがあるエリアですが、これが一番印象的。形状というか名前が・・・。「マーライオン」ならぬ与論島なので「ヨーライオン」。ちょっと笑えるスポットかもしれませんヨーライオンを訪れる。

もちろん与論島には電車はありません。パロディの駅です。駅の「沖縄←与論島→鹿児島」という表示が印象的です。何故ここにあるのかは不明ですが、与論島は鹿児島と沖縄の間にある「県境」の島なので、この駅もなんとなく納得できるかもしれませんヨロン駅を訪れる。

ヨロンマラソンの心臓破りの坂、フルマラソンでは魔の35km地点から見下ろした景色です。フルマラソンの残り7kmの地点なのでめちゃくちゃ辛い時期で、しかも上り坂を登り切ったときに見える景色なので、あまり景色を楽しんだことはないですが、とっても視界が開けていてキレイな景色です。ちなみにハーフの人もこの景色を眺めることができ、ハーフだと余裕を持って見ることが出来るかも?坂の上にはJAL系のキャビンアテンダントがいるエイドステーションがあり、いろいろなものをくれるので、のんびりレースを参加される方にはこの景色の眺めながらレース中のひとときを楽しむと良いでしょう。もちろん、マラソン以外で来ても良い景色を眺められると思います昇龍橋からの景色を望む。

昇竜橋の途中にある広場に2010年ぐらいから突如現れた牛のオブジェです。しかも何故か金色。どうして金色なのかは謎ですが、でも屋外にあるオブジェなので台風などで徐々に金色ではない色に変わっていきそうな気がします牛オブジェを訪れる。

与論城跡にある神社で、島では最もメジャーと思われる神社。新年の際には初詣に訪れる人も多い。隣接して地主神社もあるがこの2つの区分はよく分かりませんが、2つとも参拝するのが良いと思います。社務所もあっておみくじも行えますし、何より与論島の高台にあるのでこの神社の中からの景色は抜群。茶花市街を含めた与論島西部を一望できます琴平神社を訪れる。

与論城跡や琴平神社に隣接してある神社。神社へ上るための木製デッキが神社の手前に広がっています。この神社の境内では与論十五夜踊りが奉納されるらしいです。琴平神社がすぐ隣りにありますので一緒にお祈りすると良いかもしれません地主神社を訪れる。

与論島の最も高い場所にあるかもしれない施設。サザンクロスセンターというくらいなので、星空に関係する施設かなっと思ったらあまり星空には関係ないらしく、与論島の歴史や民俗の資料館となっています。中には展望台もありますが、基本的に入場有料です。与論島の歴史や文化に興味ある方には良いかもしれません。特に景色は360度のパノラマ風景を望めると思いますのでおすすめのサザンクロスセンターを見学。

琴平神社周辺に広がる城跡でどこからどこまでが城跡なのがわかりにくいが、神社から翔龍橋方面へ向かう石積みの城壁部分とその反対側のサザンクロスセンターの裏にある城壁もその一部かと思われる。ただ双方は神社によって分断されているので相互を往来するには神社前を通過する必要がある。個人的には城壁よりもサザンクロスセンター裏の方が城址らしく感じる。一部に沖縄のプズマリのような石積みの遠見台的な場所もあり、吾妻屋もあるのでサザンクロスセンター裏の方もいろいろ楽しめる与論城跡を訪れる。

赤崎鍾乳洞へ行く途中の道の傍らにありました上城跡を訪れる。

鍾乳洞にはありがちな鳥居がある神社。沖永良部にある昇龍洞と同じ神社の名前。ゆかりはわかりませんが、ここでも賽銭を置いて行かれる方が多いようです。鍾乳洞の比較的序盤にありました赤崎鍾乳洞を訪れる。

東区の赤崎海岸までのまっすぐな道沿いにある施設。民族村のすぐ近く。ヨロンマラソンのコース上にあります。ここではオーガニック栽培したウコンを粉末に精製し、様々な健康食品を造っているらしいです。ネットにもショップがあるらあしいです。ウコン以外にも黄金酢や与論黒糖や島の塩などを作っているようですヨロン島自然薬草本舗を訪れる。

与論島の古民家や風土の雰囲気を感じることができるものを様々見ることができます。他にも染め物や黒糖作りの体験など様々なことができるようです。与論島観光では外せない場所かもしれません与論民俗村(民族村)を見学。

与論島人類渡来発祥の地。ここで水を発見したことにより与論島に人が住み始めたという。場所は赤崎海岸入口近くで石碑がある。しかしその石碑の横に獣道があるが、このアマンジョウはその先にはなく、むしろ中に入らないで舗装路のすぐ脇にある。ガードレールから下をのぞき込むとその様子がうかがえる。近くまで行くのはやや厳しそうなのでこの道路から見下ろすのがおすすめのアマンジョウを訪れる。

与論島の東南でメジャーなビーチ。施設も揃っていて、シーズンには売店なども出ています。ビーチ自体はそこそこ広く、隣接する麦屋漁港との間には防波堤もありますので、ちょっと整備されているかも?与論島の南側では最も観光化されていてるビーチ、赤崎海岸を訪れる。

赤崎海岸をちょっと奥に歩いていくと、がけの上に灯台があるのが分かります。与論島の南東を守る灯台みたいです。与論島では一番大きい赤崎灯台を訪れる。

与論島で最もメジャーなビーチ。島の東側に砂浜が延々続く場所で、沖には有名な「百合ヶ浜」が現れる場所としても有名。ビーチがあまりに広いので、北の部分をクリスタルビーチ、南の部分をシーマンズビーチと呼ぶこともありますが、大きい範囲としての大金久海岸を訪れる。
クリスタルビーチから北に少し上がった場所、サトウキビ畑の中に作家「森瑶子」のお墓と別荘があります。別荘は一般の人は立ち入ることができず、ツアーか何かでしか行くことができないようです。お墓は道路に面した部分にあるので、見ることはできます。この場所からはキレイな海の色が望め、与論島を愛した森瑶子さんの気持ちが少し分かった気がしました。最近はその別荘の庭を使って結婚式なども行われるようになったらしいです。南国の青い海を見ながら挙げる式は格別かもしれません作家「森瑶子」のお墓と別荘を訪れる。

百合ヶ浜の北にあるビーチで、基本的に港がメインの海岸かもしれません。ここから百合ヶ浜ツアーの船や、各種マリンスポーツなども行われているみたいです。マリンジェットが走り回る姿も見受けられました。ですので、海水浴って感じではないかもしれませんが、防波堤でのんびりするには良いかもしれません。干潮時には地元の方が磯で魚などの海産物を採りに来たりしています。のどかな海かと思います皆田海岸を訪れる。

島の中央やや東側。古里エリアにある工房。といっても島の周回道路からはやや山側に入った場所にある。島の東西を結ぶ道路沿いに案内板があるのでそれを目印に行けばたどり着けると思います。ここの工房は体験もできますが、焼き物は他の店舗でも取り扱っているようです。確認できた限りではプリシアの中にある売店で取り扱っていました。与論島で天気がイマイチな時などはこの工房へ行って体験してみるのも良いかもしれませんゆんぬ あーどぅる焼窯元を訪れる。

黒花海岸に並ぶ与論島北側のメジャーなビーチ。白い砂浜がとってもきれいです。サラサラの砂浜で広さをほどよく、人が来なければプライベートビーチとしては最高のコンディションかもしれません。そんな感じなので、映画「めがね」のメインのロケ地としても使われたらしいです。この浜でメルシー体操が行われていたらしい寺崎海岸を訪れる。

ビーチは砂浜がとてもキレイで砂もきめ細かい。海はやや深さがあるのか青のグラデーションがとてもキレイでした。時間によってはフェリーが行き交う様子も望めるかもしれませんし、西向きなので海に沈むサンセットを見ることが出来るかも?茶花市街からもそんなに遠くないので気軽に行けると思います品覇海岸を訪れる。

ウドノスビーチへ行く際、茶花漁港側からではなくギリシャ村側から行くとたどり着ける入口。このビーチ入口には青い海を見渡せる場所にテーブルとベンチがあって海を眺めてのんびりすることができますウドノスビーチ休憩所を訪れる。

茶花市街から島中央の上り坂を進んでいくと、途中に案内板が出ており、脇道に入った先にあります。やや場所は分かりにくい。でもその案内板を目印に行けばたどり着けると思います。ここは基本的に植物園というか亜熱帯植物を主体にした小さなテーマパークみたいなもので、季節によって様々な花々やそこによってくる蝶々などを見ることが出来るかもしれませんユンヌ楽園を訪れる。

以前は島の周回道路から脇道に入った高台にあったのですが、現在は周回道路沿いにある模様。大島紬の工房。奄美の大島紬としては与論島が奄美諸島で南端なので最南端らしいです。施設では藍染めや紬織の体験ができるらしく、また紬や藍染めの商品も購入できるらしい本場大島紬 いっちゅう本館を訪れる。

17:00東区にある宿に到達。
18:00車で茶花方面に向かい、居酒屋で食事を済ませる。
20:00宿に到達、就寝。
12日9;00レンタカーで出発、海岸線道路、循環道路を各一周し昨日の訪れた観光名所を復習する。

13:00与論空港到達
13:45与論空港出発
14:25那覇空港到達
15:40那覇空港出発
17:25関西空港到達。

今回の旅行、鹿児島県の最南端の離島、与論島に足を運びました。
与論島は学生時代以来2度目の訪れで、以前は神戸港からフェリーで38時間かけて訪れました。
当時は道路は舗装されていなくでこぼこ道、百合が浜付近の宿に泊まりましたが記憶が無いのか今回その宿を見つけることができませんでした。残念です。

当時コバルとブルーの海、リーフに取り囲まれた島、感動の離島でしたが今回も冬季の訪れであるが素晴らしく美しい海岸線が島周辺に点在していたのは感無量です。

懐かしの離島与論島観光旅行でした。









飛行機で国内&海外の観光地巡り第百七十八弾:広島県離島似島&阿多田島観光
2012年2月4日ー5日
   

広島県の瀬戸内海に位置する離島、広島港より南に3km、この島にある安芸小富士は広島市民にもっとも親しまれている山であり、自然観察の場所として広く市民に利用されている似島、ほとんど平地はなく阿多田漁港のあたりに集落があり、ハマチやタイ、カキの養殖が盛んの阿多田島を訪れました。

4日13:29新大阪新幹線のぞみで出発
15:05広島駅到達、繁華街を散策し食事を済ませて駅の近くのホテル到達、就寝
5日7:33広島電鉄広島駅出発
8:05広島港宇品到達
8:30広島港宇品航路フェリーで出発
8:50似島港到達、散策する。

似島は、広島市南区内にある島、つまり市内の島です。昭和4年に仁保町の一部として広島市に編入され、昭和8年には似島町として独立しました。(広島市南区似島町)

似島の由来については、統一された正確な記録はありませんが、歴史的文献等の呼称では、「見の島」「二島」「箕島」「二ノ島」「荷の島」「似ノ島」など、いろいろ呼び名が変わる中で、現在の「富士山に似た山がある島」が統一視され「似島」になったと伝えられています。

似島は、世界で初めて被爆した「ヒロシマ」が忘れてはならないキズ跡と、さらに、戦争の加害者としての遺跡を残しています。明治・大正・昭和と三代にわたって、海外の戦場から傷つき疲れ帰国してきた兵士の検疫所として、何千何万の若者を迎え入れた桟橋や、弾薬庫などが今もなお残っています。また、敗戦が濃くなった昭和20年8月6日には、広島に投下された原子爆弾による犠牲者が多く運び込まれ、治療の甲斐もなく死んで行きました。今は慰霊碑が静かに物語っています。

似島の主な産業は海運業(砂利採取運搬)で、以前は全国一の砂利船保有数を誇っていました。現在は四国の家島(えじま)が第一位ですが、かつての活況はないにしても、今でも似島の主産業であることには変わりありません。

似島はカキ養殖も盛んに行われており、現在島内に5軒、他地区に2軒のカキ業者があります。似島周辺にはおよそ250のカキ筏が島を取り巻くように連なっています。これは似島が、広島の川から流れ出る淡水と海水とが混ざり合う、丁度よい場所に位置しているからです。つまりカキ養殖には最適の場所だということです。「広島カキ」の中でも、「似島カキ」と名付けるほど良質のものを生産しています。

漁業は、戦後イワシ網漁が活況を呈した時代もありましたが、今は伝統的な漁法のみで水揚げしています。出荷量はそれほど多くありません。平成14年4月現在で組合員は37人、この中にはカキ業者等も入っており、実際の専業者は10人ほどです。漁は夫婦単位で行い、底引き網・刺し網・一本釣り・タコツボ漁が行われています。漁種はチヌ・カレイ・アイナメ・メバル・タイ・カワハギ等で、冬場の底引き網では、ナマコ漁が盛んです。

10:15似島港出発
10:35広島港宇品到達
10:45広島電鉄で宇品出発
11:50広島駅到達
12:00広島駅出発
12:46大竹駅到達、歩いて小方港に向かう。途中ゆめタウンで時間を費やす。
14:40小方港フェリーで出発
15:10阿多田島港到達、散策する。

高山は標高が204mあり、ほどんど平地は無く阿多田漁港のあたりに集落がある。島民のほとんどが漁業に従事していて、ハマチやタイ、カキの養殖が盛ん。昭和53年には当時の皇太子(現天皇)と美智子様が養殖場などを視察に訪れたようです。岩場が点在し、釣りのポイントも多く釣り人もたくさん訪れる。

阿多田島の東沖合いに無人島猪子島を訪れる。阿多田島とは橋でつながれる。猪子島には鰯工場がある。

15:50阿多田島港出発
16:30小方港到達
17:00広島電鉄玖波駅出発
17:45広島駅到達
18:07広島駅新幹線のぞみで出発
19:35新大阪駅到達。

今回の旅行、多くの島が点在する広島県に足を運び、広島県の離島、かなりマイナーな島3つを訪れました。3つの島、どの島も観光名所が乏しく、ひたすら歩くのみとなりました。
今回で広島県をほぼ制覇できました。