飛行機で国内&海外の観光地巡り第五百七弾:福岡県小京都重要伝統的建造物群保存地区観光
2020年1月25−26日

九州の中心地福岡県に足を運び、福岡県に点在する小京都重要伝統的建造物群保存地区6か所(朝倉秋月、筑後吉井、八女福島、八女黒木、柳川、門司港)を訪れました。

25日13:39新大阪新幹線のぞみで出発。
16:07博多駅到達、駅前のホテル到着後
17:00友人と待ち合わせて夕食。
22:00ホテルに戻り就寝。
26日8:00レンタカーで出発。
朝倉方面に向かう。

秋月:城下町としての秋月の歴史は、鎌倉時代に秋月氏が古処山(こしょざん)に山城を築いたことから始まります。秋月氏16代によって支配された後、江戸時代には福岡藩主となった黒田氏12代によって、秋月の治世が行われました。鎌倉〜江戸を経て明治時代までの長きにわたって城下町として栄えた秋月には、現在も多くの史跡が保存されていることから、重要伝統的建造物群保存地区にも指定されています。
その美しい城下町の景観から、筑前の小京都とも評される秋月。春は桜、秋は紅葉の名所としても名高く、多く人々が観光に訪れていますよ。まるで当時にタイムスリップしたかのような雰囲気を漂わせる城下町の魅力はもちろんのこと、周囲の田園風景と調和した様子は見事です。美しい四季折々の自然の中でゆったりとした時間を楽しむのにぴったりの秋月。季節の訪れと共に訪ねたい福岡県のおすすめ観光名所です。

吉井方面に向かう。

筑後吉井:うきは市吉井町は福岡県南東部の筑後川中流域に位置し、江戸時代を通じて城下町久留米と天領日田を結ぶ豊後街道の宿駅として機能した。また、江戸時代中期以降には商品作物の栽培・加工及びその集散や、「吉井銀(よしいがね)」と称された有力商人の金融活動などにより繁栄した。
 うきは市吉井町のほぼ中央部にある筑後吉井保存地区は、豊後街道の街路沿いに漆喰塗の重厚な町屋が連続する町並みと災除川と南新川沿いに広がる屋敷群からなっている。明治2年(1869)の大火を契機として、吉井では草葺きの町屋にかわって瓦葺塗屋造が普及し、経済の最盛期であった大正期にほぼ現在みる町並みが形成された。保存地区の伝統的建造物は街道沿いに建つ町屋や土蔵を主体として、川沿いの屋敷地内に建つ主屋や土蔵・付属屋、要所に建つ社寺建築、川沿いの石積護岸や石段及び石橋等の石造物で構成されている。保存地区では、これら約250件の伝統的建造物と屋敷庭園及び川沿いの樹木について、保存の処置が取られている。
  本保存地区は、町屋や土蔵が連続する町並みと、豊かな緑に包まれた屋敷や社寺建築、さらに吉井の経済基盤を支えてきた河川や水路などが一体となって歴史的風致を形成しており、筑後地方の商業都市として、特色ある歴史的景観を伝えている。

八女方面に向かう。

八女福島: 八女市の中心市街地・福島は天正15年(1587)筑紫広門が築いた福島城を、慶長5年(1600)関が原の戦いで功を上げ、筑後一円32万5千石(柳河城を本拠とした)に抜擢された田中吉政が、支城として大修築し、城下町をつくった後、大きく栄える。福島城は三重の堀によって囲み、中堀・外堀の南半には城を迂回する往還道路に沿って「町人地」を配したと考えられる。町人地の敷地はこの往還道路と中堀・外堀の間に短冊状に地割がなされている。
 元和6年(1620)当地は久留米藩有馬豊氏の支配下となり、福島城は廃城となったが、町人地はその後も八女地方の交通の要衝の地として、また、経済の中心地として発展する。福島は城下町としては短期間であったが、その間に都市の主要な骨格ができたと思われ、今も本丸跡、城堀跡の水路、屈曲した道路網等当時の面影を残している。

八女黒木:
黒木地区は福岡県筑後地方の南東部に江戸期以降の重厚な町家や蔵が旧往還道(旧豊後別路)沿いに残るとともに、矢部川の堰や木橋、町中を流れる水路、矢部川対岸の棚田や石積みなどの水利にまつわる文化遺産が、我が国にとって価値が高いと評価されました。県内では、うきは市筑後吉井(在郷町)、朝倉市秋月(城下町)、八女市八女福島(商家町)に続いて4地区目、全国で85番目の国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。明治41年(1908)、民俗学者の柳田國男は当地を訪れ、路傍の小溝の水が早く流れ清らかなこと、また町並みに並木が植えられた梅やざくろ、やまなしに印象を深くし、知人あての書簡にエピソードとして書き送っています。町並みは、明治後期から大正期にかけて洋風建築もみられるようになり、時代の波にのってクライマックスを迎えました。
柳川方面に向かう。

柳川:柳川の観光といえば、柳川城の堀割をどんこ舟でめぐる川下りを楽しんだあと、史跡や資料館をめぐったり、名物のうなぎのせいろ蒸しを食べたりするのが定番。堀割沿いには柳川ゆかりの作家たちの文学碑や歌碑があり、柳川の歴史を知っておけば、よりいっそう楽しめること間違いなし。下船後にゆっくり歩いてめぐるのもいい。柳川藩主立花家の歴史を紹介する国の名勝「柳川藩主立花邸 御花」の庭園はぜひ見ておきたい。

門司方面に向かう。

門司港:福岡・北九州にある「門司港レトロ」は、大正ロマンの雰囲気が漂うレトロな建物が立ち並んだスポットです。県外からも多くの観光客が訪れる街で、昔懐かしく美しい景観が魅力の港町。レトロな街の雰囲気や潮風を感じながら、街歩き、重要文化財の「門司港駅」や雑貨店やカフェがある「新海運ビル」、実物車両を見られる「九州鉄道博物館」、名物の焼きカレー「ベアフルーツ」や食べログ1位になった「京寿司」などがあります。

小倉駅に向かう。

18:45小倉駅新幹線のぞみで出発。
21:01新大阪駅到達。

今回の旅行、九州の福岡県に足を運び、福岡県に点在する
小京都重要伝統的建造物群保存地区6か所(朝倉秋月、筑後吉井、八女福島、八女黒木、柳川、門司港)を訪れ楽しみました。

6か所とも何回か訪れたことのある観光名所、再確認しながら散策観光しました。

柳川と門司港は観光客で賑わっていましたが他の観光名所は少なく寂しく感じました。




 






















 
飛行機で国内&海外の観光地巡り第五百七弾:佐賀県小京都重要伝統的建造物群保存地区観光
2020年1月18−19日
 

九州の佐賀県に足を運び、佐賀県に点在する小京都重要伝統的建造物群保存地区(有田、伊万里、呼子、小城、備前浜宿、嬉野塩津)を訪れました。

18日16:55伊丹空港出発。
18:20長崎空港到達、レンタカーで武雄に向かう。
19:10武雄駅前のホテル到着後?華街を散策し食事を済ませて就寝。
19日7:00レンタカーで出発。

有田:
内山地区は江戸時代に設けられた上の番所(泉山)から、下の番所(岩谷川内)の約2Kmにわたる地区です。江戸・明治・大正・昭和の各時代に建てられた、和風・洋風の建物が美しく調和して立ち並んでいます。表通りには商家や商業施設、裏通りには窯元の屋敷や作業場が集っています。この地区一帯は、1991年(平成3年)、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。

伊万里:伊万里市は、伝統ある伊万里焼をはじめ、肥前磁器の積出港として繁栄した伊万里津の歴史や文化、あるいは、本市の特産品の伊万里牛や伊万里梨、車エビなど他の地域にはない特色ある優れた観光資源を数多く有しています。なかでも「秘窯の里・大川内山」は歴史と伝統、技法を受け継いだ窯元が立ち並び、市街地においても伊万里津と伊万里商人の活躍を表現した「からくり時計」や白壁造りの建物などがあり賑わいをみせています。

呼子:九州の北西部、東松浦半島の突端に位置する佐賀県唐津市の呼子町(よぶこちょう)。目の前に横たわる加部島(かべしま)が玄界灘の荒波から港を守る呼子の地は、昔から天然の良港として栄えてきた。そんな小さな港町は、全国に知られる“イカの町”でもある。
鯨組主 中尾家屋敷は呼子の朝市通りのはずれにある古いお屋敷で、古くから知られた小川島・呼子の捕鯨を取りしきる組頭・中尾家が住まいしていたそうです。屋敷は広く、土蔵は捕鯨資料館にもなっていました。

小城:「小城市」は、佐賀県のほぼ中央に位置し、北は秀峰天山をのぞみ、広大で肥沃な佐賀平野、南には潮風が薫る有明海と、豊かな自然環境に恵まれたまちです。
中でも、北部の小城町は中世の千葉氏や近世の小城鍋島藩の城下町としての豊かな歴史と文化に恵まれ、九州の小京都と呼ばれおり、心癒す豊かな自然と美しい風景として、「さくら名所百選、日本歴史公園百選」の小城公園の桜、秀峰天山に源を発する「全国名水百選」の清水川の清流、心なごむ農村の原風景「日本の棚田百選、全国農村景観百選」の江里山の彼岸花と棚田、夏の風物詩で、祇園川に乱舞する源氏ボタルは「ふるさといきものの里」にも選ばれています。

備前浜宿:肥前浜宿は中世(鎌倉・室町時代)にさかのぼる古い歴史を持った町で、港町・宿場町として近世(江戸時代)から近代(明治・大正・昭和)を通じて栄えてきました。経済力と豊かな地下水、おいしいお米によって酒造りが盛んとなり、現在でも大型酒蔵が建ち並んでいます。これらの歴史の中で、肥前浜宿には多くの白壁土蔵や茅葺町家などの伝統的な建物が残り、往事にタイムスリップした景観・イメージをつくっています。浜川をはさんで北側の大村方・八宿・中町のいわゆる『酒蔵通り』には白壁土蔵造りの町家や蔵があり、南側の庄金や舟津には茅葺町家がありと、地区によって景観が大きく変化することも町並みの特徴となっています。

嬉野塩津:嬉野温泉の隣に位置する嬉野市塩田町。ここは江戸時代に長崎街道の宿場町として栄え、また有明海の干満の差を利用した川港「塩田津」があり、物資の集散地でした。通りには今も白壁の大きな家々が立ち並び、一帯は「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されています。
嬉野市塩田(しおた)町は佐賀県南西部に位置し、多良岳(たらだけ)山系のすそ野に広がるまち。三方を山に囲まれ、まちの中央部を塩田川が流れています。有明海へ注ぐこの川は干満の差を利用して船が行き来し、川港となったまちは「塩田津」と呼ばれて発展していきます。天草からの陶石がここで荷揚げされて有田町や伊万里市、波佐見町(長崎県)へ、帰りの船には米や やきものなどが積まれ、大川市を経て大阪などへ運ばれていったといいます。
 「塩田津」には廻船問屋や商家が立ち並び、周辺には和紙や鍛冶、石工の職人たちが住み、まちは大変賑わいました。

16:00終了、長崎空港に向かう。

17:00長崎空港到達。
18:55長崎空港出発
20:15伊丹空港到達。

今回の旅行、九州佐賀県に足を運び、佐賀県に点在する小京都重要伝統的建造物群保存地区(有田、伊万里、呼子、小城、備前浜宿、嬉野塩津)を訪れ楽しみました。

有田、伊万里、呼子、小城は何回か訪れたことのある観光名所、備前浜宿、嬉野塩津は初めての訪れでした。
最近外人の観光客が増え、メジャーな観光名所は人盛りで賑わっていますが、マイナーな観光名所は外人も少なく寂れていましたが今回訪れた比較的マイナーな観光名所も外人の観光客も少ないですが見られるようになしました。
どこの観光名所も外人パワーで観光客が増加しているようです。



   
 



















飛行機で国内&海外の観光地巡り第五百六弾:中国東莞観光
2020年1月11−13日
   

アジアの大陸、中国に足を運び、唐代の757年に、番禺(広州)の東にある、「莞草」の産地として「東莞」と名付けられた。 改革開放前は現在の市域の多くは赤土が広がる貧しい農村だったが、1980年代末から広州と深?、香港の中間に位置することから、香港企業、台湾企業の委託加工先や工場建設の好適地として、衣料品、日用雑貨、玩具、電子製品、パーソナルコンピュータまで、重工業以外の各種工場が林立する工業地帯に変貌した。特に、パソコン部品は世界の供給拠点として重要な地位を占める。また、輸出に必要な包装用段ボールを製造するための製紙工業もさかんで、中国最大の工場群もある。 農業では稲作の他、野菜栽培が盛んで、香港、広州、深?などへの重要な供給基地のひとつとなっている東莞を訪れました。

11日17:05関西空港香港航空で出発
20:35香港空港到達、エアポートエクスプレス、メトロで佐敦駅下車、付近のホテル到着後就寝。
12日7:00タクシーで西久龍駅に向かう。
7:15西九龍駅到達。
8:25西九龍駅高速鉄道で出発
9:09虎門駅下車、観光

威遠砲台:中国珠江出口穿鼻洋北武山の麓に位置している。威遠砲台は全部で大砲40門を取り付ける。かつて広東水軍提督関天培は血を浴びて奮戦する地方、遺跡はまた保存している。威遠砲台はアヘン戦争の古い戦場の遺跡のひとつで、虎門海口国防事務の主な陣地である。砲台は雄大壮観で、平面日月形を呈している。アヘン戦争時期に虎門炮台の中で規模が最大、砲を配合するのは最も多い指揮台である。民族英雄関天培はこの砲台の中で広東水軍が英国侵略軍の侵攻を英勇に抵抗することを指揮する。

アヘン戦争博物館:林則徐は、清末期の1839年、密輸により国に蔓延していたアヘンの取り締まりを行う特命大臣として、イギリス商人からアヘン1400トンを没収し、廃棄した。1840年、このことが引き金となってイギリスとの間でアヘン戦争が勃発し、2年後に清国は敗退。南京条約により香港の割譲などを余儀なくさせられた。林則徐はこの責任を取らされて新疆に飛ばされたが、3年後に復帰。再び、特命大臣として任地に赴く途中、65歳で病死した。林則徐は屈辱の象徴として、中国全土で英雄になっており、至る所に「林則徐記念館」が建てられている。特にマカオではポルトガル役人との会談を行った場所として、蓮峰廟の敷地内に記念館があり、アヘン戦争勃発までの歴史をわかりやすく紹介している。

13:00メトロ虎門出発
13:30鴻福路駅下車、バスで可園に向かう。

可園:東莞市の莞城にある可園は、典型的な嶺南様式の庭園で、広東の四大庭園の1つとされています。小さな庭ですが、細部まで行き届いたデザインで、伝統的な嶺南庭園の要素が数多く見られます。アートギャラリー、迎賓館、ヴィラ、中庭、庭と書斎、多くのユニークな建物があります。可園を背景に、湖岸の右側に博物館があります。嶺南様式の建物と伝統的な嶺南の絵画を見ることができます。可園は清王朝の四大名園のひとつです。

虎門市内のホテル到着後?華街を散策し食事を済ませて就寝。

13日9:00ホテル出発

メトロで虎門駅乗車、西九龍駅到達。

西九龍駅12:35高速鉄道で出発。
13:14西九龍駅到達。

九龍駅到達、エアポートエクスプレスで香港空港に向かう。
15:30香港空港到達。
18:15香港空港、香港航空で出発。
22:50関西空港到達。

今回の旅行、アジアの大陸中國に足を運び、アヘン戦争の戦場の中心となった東莞を訪れ、アヘン戦争の歴史を学びました。

アヘン戦争:清との貿易で輸入超過に悩んだイギリスは、解決策としてインドで栽培製造したアヘンを密輸し、その結果、中国にアヘンが蔓延し、社会が退廃した。林則徐はアヘンの根絶を目指した。これを契機にアヘン戦争が勃発し、戦争に敗れた清朝はイギリスに屈服した。